09月

2025年9月29日 和田憲一郎のビリビリ!とくる話

インホイールモーターの可能性について考える

ときどき、インホイールモーター(以下IWM)の可能性について聞かれる。将来の実用化への可能性はどうなのかと。これについて筆者の考えを述べてみたい。

この背景には3つの要素があるように思える。

一つは、欧州のベンチャー企業3社が、IWMを事業の中心に据え、開発を促進していることにある。英:Protean Electric(プロティアン・エレクトリック)、スロベニア:Elaphe(エラフェ)、独:DeepDrive(ディープドライブ)だ。

特に、プロティアン・エレクトリックは、フランスRenault(ルノー)向けに2027年に発売予定のBEVに供給予定とのこと。

二つ目として、中国のBYDが超高級車「仰望(U8)」において、独自の個別輪駆動(IWD: Individual Wheel Drive)技術を採用したことが挙げられる。同車両は、4つの独立した電動モーターによって各車輪を駆動し、左右の車輪を逆回転させることでスライド縦列駐車やタンクターンを可能としている。

これはIWMの応用形態の一つと捉えられ、実際に市場に投入されたことで、技術の商用化に向けた重要な一歩となった。

三つ目として、日立製作所を中心とする企業グループが、2030年を目標にIWMの商品化を公表している点である。これは国内における技術開発の進展を示すものであり、グローバルな動向と呼応する形で実用化への期待が高まっている。

IWMは、20年以上前から注目されてきた技術であり、NTNをはじめとする多くの企業が開発に取り組んできた。しかしながら、これまでの取り組みは主にコンポーネント単位に留まり、車両全体としての実用化には多くの技術的障壁が存在していた。

近年の欧州ベンチャー企業などの動向は、これらの課題に対する解決策を徐々に提示しつつある。具体的には、バネ下重量の増加による乗り心地や操縦安定性への影響、ならびにタイヤと直結する構造に起因する防水・防塵・耐衝撃性の確保といった技術的課題への対応が進められている。

一方で、依然として解決が困難とされる課題も存在する。特に、タイヤ内側の限られた空間にモーターとブレーキという二つの発熱体を配置することによるサーマルマネジメントの問題は深刻である。

高速走行時や高温環境下では、冷却機構の設計が極めて重要となり、単純な水冷方式の導入では不十分である可能性が高い。

また、軽自動車等のタイヤ径が小さい車両においては、IWMおよびブレーキがホイール内部に収まりきらず、車両中心側への拡張が必要となる。そうなれば、IWMの利点であった従来のモータ跡地でのユーティリティを縮小することとなる。また、狭小空間への部品集積に伴う製造コストの上昇も、克服すべき課題である。

このように考えると、2027年から2030年にかけての実用化は、いわゆる「技術商品」としての位置づけになる可能性が高いのではないだろうか。すなわち、技術力の象徴として市場に投入されるものであり、広範な車両への採用には至らない段階と考えられる。

その後、普及に向けては「イノベーター理論」における「キャズム」を越える必要がある。これが一過性のブームに終わるのか、それともキャズムを乗り越え普及に至るのか、その結論が見えるのは2040年頃になるのではないだろうか。